バスツアー申込み先

申し込みは 催行する1ケ月前から受け付けます。


はがき または メール のみの受付

申し込み先
はがき: 707-0025 美作市栄町12-12中島 操 宛

メール :guide.mimasaka@m01.p-c.ne.jp

200円 必要。【保険料の関係で】
氏名・住所・性別・年齢と連絡がつく電話番号をご記入の上 申し込みください。団体での申し込みにも 全員ご記入ください。

定員24名ですので、多数の場合は抽選もあります。どちらになっても 当日のガイドが 3,4日前に連絡いたします。

後山 修験者による護摩供養む

真木山の大伽藍跡の開発


秋の紅葉に向けて


江戸時代末期4ケ寺と20数ケの学侶があり
江戸時代前半の森支配のもとでは 90石余りの
石高をもらい 西の高野山ともいわれた真木山には 今は何もなく 荒れるに任せていましたが
昨年夏から「真木山の大伽藍跡を後世に残す会」{会長橋本清氏 事務局長山下亨氏}が市の協力も得て 整備に取り掛かっています。ここには 特にモミジが多く残っており 雑木を切って景観をよくするとともに 江戸時代末期の史跡がわかっているので 標柱を立てるなどもしています。かって 中国遊歩道の経路にいれられてからは あまり注目が集まっていなかったのですが
ウイルス関係で 此処をこっそり訪れる人も増えつつあります。秋の紅葉にはもっと訪
れていただけると思います。

西の高野山ともいわれた真木山大伽藍跡の弁天堂の跡・弁天池
大伽藍跡の入り当たり
ただ外つ残った山王宮跡の建物
本堂への階段・かなりの石は現在の長福寺に移転
仁王門跡地付近
真木山を通っている 中国遊歩道・真木山にあった建物の案内

真木山の歴史

孝謙天皇の代天皇の勅願として鑑真和尚開山
古代僧房軒を連ね読経鉦鼓 の声一山に密る
中世兵火をこうむり・あるいは公事訴訟のためおとろえ 古代100分の一にもしかじと思われるばかりに衰退
享和の火災にて古書古物消失 その上一山の論争で費用莫大 人なく幼稚・弧僧・遁世の老夫婦などとなり衰退の一途をたどる。
寛永年中には 般若院・明王院・西方院・平等院の4ケ寺他に
北房・園坊・中蔵坊・奥坊・中坊・中尾坊・尾崎坊・竹中坊
大門坊・久保坊・谷坊・鳶坊・新坊・田淵坊・東坊・南坊あり
森公時代には93石6斗の寺領ありしが 沼田藩支配になると激減
明治の初め2ケ寺になり 其れも併合して1ケ寺に
大正末期 火災にあい 本堂や三重塔などのみ残り 後は消失
昭和初め神田に降りる。
昭和26.7年ごろ三重塔も下山。後は廃墟のみとな。
(主に 東作誌より抜粋)

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